「伝統」と「革新」が共鳴する慶應義塾大学 心臓血管低侵襲治療センター



慶應義塾大学
心臓血管低侵襲治療センター
四津 良平
外科 (心臓血管)
 慶應義塾大学外科学教室の心臓血管外科は1952年(昭和27年)6月に第一例を開始した「伝統」ある外科ではありますが、一方で常に「革新」を取り入れることで、半世紀以上にわたって日本の心臓血管外科の最前線で有り続けました。黎明期は先天性心疾患やリウマチ性弁膜症を中心に積極的に手術を行い、素晴らしい成績を残しました。次の時代になると胸部・腹部大動脈瘤や急性大動脈解離に対する手術で日本をリードするようになりました。そして冠動脈バイパス手術が心臓血管外科においてスタンダードな手術となった今、先天性心疾患・大動脈疾患・冠動脈疾患・弁膜症疾患の全分野に関連した、慶應義塾大学・心臓血管外科の次なるテーマとして「低侵襲心臓血管治療」を大きな目標として掲げることになったのです。

 近年、心臓血管外科の分野は格段の進歩をとげてきました。1990年代に入り心臓血管外科手術の適応が拡大され、心機能が極めて不良な症例や重篤な他臓器合併症を有する症例などを対象とするようになると従来の方法で長時間かけて手術を行うことが最良のではないことが明らかになってきました。すなわち、このことは低侵襲心臓血管手術が必要であることを意味していたのです。さらに、ほぼ時を同じくして、カテーテルによる血管内手術療法に著しい進歩がみられ、直視下手術療法と競合するような治療成績を示すにいたったことが低侵襲手術への転進に対する拍車となったことも否めぬ事実であります。術前の画像診断技術の発展と内視鏡をはじめとするさまざまな手術器具の発達といったハード面での進歩に加え、手術経験を踏まえた手技の改良によって、より小さな創で手術を行う低侵襲外科手術が、さまざまな領域において確立しています。たとえば腹腔鏡下胆嚢摘出術は「内視鏡で胆嚢をとる手術」として一般にも広く知られるようになりました。心臓外科領域においても低侵襲心臓外科手術、いわゆるMICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery)が開始され、冠動脈手術の分野では、人工心肺を用いない心拍動下冠動脈バイパス手術がもはや一般的な手術として行われるようになりました。一方で、人工心肺の使用が必要である心内操作を伴う心臓手術の場合、胸骨を完全には切らず、皮膚小切開で部分的な切開にとどめる方法や肋間小開胸によるMICSが行われてきました。慶應義塾大学心臓血管外科では、さらなる低侵襲を目指しポートアクセス手術の手法を心臓外科領域に応用したポートアクセス MICSが確立されました。ポートアクセス手術とは、一つあるいは複数の小切開孔やそこに挿入したportから行う手術と定義され、従来よりもさらに低侵襲な手術を目指し、より小さな傷で行う手術のことであり、さらに胸骨に切開を一切加えず肋間から手術操作を行う胸骨温存術式のことをいいます。この手術の利点は、術後の回復が早く、細菌による胸骨の感染や縦隔炎を減少させ、術後の痛みを減少させることだけではなく、手術創の美容的効果にも優れています。

 慶應義塾大学心臓血管外科ではこのポートアクセス手術を僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術、僧帽弁狭窄症に対する僧帽弁狭窄症置換術、心房中隔欠損症に対する欠損孔閉鎖術に対して標準手術として用いており、現在までに僧帽弁手術は280例、心房中隔欠損症には210例施行しております。(2010年はそれぞれ、48例と19例)。治療成績は極めて良好で、現在では、ほぼ全国からこの手術を希望されて患者さんが受診されております。

 現在の進歩はわれわれ心臓外科医の長年にわたる試行錯誤、あるいは辛い経験の積み重ねから得られた貴重な体験と知恵が礎になっています。ポートアクセスMICSのこの蓄積を、サイエンス(科学)に裏打ちされたアート(技術)として患者さんを始め次の世代に伝えていくことこそ、パイオニアであるわれわれの使命です。安全・確実にポートアクセスMICSが広く応用され、また本法の手術技術のさらなる習得が、将来の安全な完全内視鏡下心臓手術、ひいてはロボット手術につながるものと考えております。いかなる外科領域においても低侵襲性は医学的必然であると同時に医療経済からみても社会的要請であると考えます。

 2009年からは従来、もっとも侵襲の高い手術の一つであった胸部大動脈手術の分野にステントグラフト治療が慶應義塾大学心臓血管外科においても本格導入され、2010年の1年間だけでも腹部・胸部併せて90例近い大動脈瘤に対してステントグラフト治療を施行するに至り、現在、心臓血管外科においても最も重要な分野のひとつとなっております。

 また、2010年から慶應義塾大学病院はカテーテル式心房中隔欠損孔閉鎖術(AMPLATZER)の認定施行施設になりました。これで、慶應義塾大学病院において、先天性心疾患である心房中隔欠損症の治療選択肢として、低侵襲小切開外科治療(ポートアクセス法および腋窩切開法)とカテーテル治療の二つの低侵襲治療が選択できる様になりました。現在までに200例を越える症例に対して低侵襲小切開外科治療を用いて心房中隔欠損症の外科治療を行っており、回復の早さでも美容的見地でも患者様には満足していただいてきましたが、今後はカテーテル治療という「革命的」な技術が選択肢に入ったため、慶應義塾大学病院が心房中隔欠損症に対する低侵襲治療を総合的に考えることができる施設になると信じております。

慶應義塾大学心臓血管外科は、「伝統」の先天性心疾患・大動脈疾患・冠動脈疾患・弁膜症疾患治療に加えて、「革新」である低侵襲治療という看板を掲げて、これからも「患者様に優しい治療」を世界で最高の水準で実践してゆく所存でございます。
慶應義塾大学病院 心臓血管低侵襲治療センター
Keio University School of Medicine Medical Center for Minimally Invasive Cardiac Surgery

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