胸部大動脈瘤
概要
- <定義>
肥大型心筋症とは、高血圧や弁膜症など心肥大をおこす明らかな他の原因なしに、左室の異常な肥大を起こす疾患です。
- <原因>
肥大型心筋症の約半数に常染色体優性遺伝(じょうせんしょくたい・ゆうせいいでん)の家族内発症が見られ、100以上の原因遺伝子が報告されています。原因遺伝子によって経過や症状が異なります。
- <有病率と予後(よご:推定される病状経過)>
心エコー検査をスクリーニングした研究によると日本では人口10万人あたり374人、男女比は2.3と男性に多く、男女ともに60~69歳にピークが認められました。
日本人に多いといわれている心尖部肥大型心筋症はおおむね経過が良好ですが、肥大型心筋症の中には、経過中に肥大した心室壁が徐々に薄くなり、心臓のポンプ収縮不全に陥り拡張型心筋症様を呈する症例があり、拡張相(かくちょうそう)肥大型心筋症といいます。拡張相肥大型心筋症の経過は不良で、心臓移植の適応になることがあります。
症状
大動脈瘤は、多くの場合、破裂するまでは症状がありません。そのため、ほとんどの患者さんが、他の病気を心配した時や健康診断でCT(図1)やMRI、エコー検査などを受けた時に、偶然に大動脈瘤が発見されます。胸や背中が痛い、最近かすれ声になった、痰に血液が混じる、飲み込みが悪くなった、息苦しいといった症状が大動脈瘤と関連して現れた場合は、破裂が差し迫っている可能性があります。大動脈瘤は破裂すると直ちに命にかかわる状態になってしまうので、破裂する前に診断されて、治療を受けることがとても大切なのです。
図1:正常大動脈(左)と弓部大動脈瘤(右)。黄色矢印を比較すると弓部大動脈の拡大が明らかである。
治療
大動脈瘤を薬によって小さくすることはできませんから、外科的な治療が必要です。
手術のタイミングは、大動脈瘤の大きさ(直径5-6cm以上を1つの目安として)、形状(嚢状大動脈瘤の場合は小さくても破裂の危険性が高いことが知られています)、大動脈瘤の拡大速度、年齢、全身状態などを総合的に見て決めることになります。
治療法には、"人工血管置換術"と"ステントグラフト内挿術"という2つの方法があります。
人工血管置換術は、胸部を切開して大動脈瘤の部分を取り除き、その部分を人工血管で取り換える治療法です。血管を吻合するために、その部位の血流を一時的に遮断する必要があるため、人工心肺装置を用いてさまざまな臓器を上手に保護しながら手術を行います。たとえば弓部大動脈瘤の場合は脳、下行大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤では脊髄や腹部の諸臓器を守るさまざまな工夫を行う必要があります。
一方、ステントグラフト内挿術は、細い筒の中に格納したステントグラフトとよばれる特殊な人工血管を足の付け根にある大腿動脈から大動脈瘤の部分まで挿入して、大動脈瘤の内側でそのステントグラフトを拡張・留置させる治療法です。この方法では大動脈瘤を切除しないのですが、大動脈瘤にかかる圧力を減らすことで大動脈瘤の破裂を予防しようという治療法です。人工血管置換術と異なり、開胸操作や人工心肺は必要ありません。
2つの方法のうち、どちらがよりよい方法であるかは、大動脈瘤の場所や形状、あるいは患者さんの状態によって異なります。したがって、両方の治療法を行える施設で治療を受けることが望ましいと言えます。
慶應義塾大学病院での取り組み
慶應義塾大学病院では、すべての部位の大動脈瘤に対する手術において、人工血管置換術、ステントグラフト内挿術ともに豊富な治療経験をもとにさまざまな工夫を行って良好な治療成績を達成しています。
基部大動脈瘤(大動脈弁輪拡張症)に対しては、自己大動脈弁を温存する自己弁温存手術を積極的に行っています。弓部大動脈瘤の手術では低体温として全身への循環を停止しますが、脳保護のために脳に向かう動脈に人工心肺装置から血流を送りながら手術を行う(順行性脳分離体外循環法)方法を用いています。下行・胸腹部大動脈瘤では、脊髄保護のために脊髄周囲の異常な圧上昇による脊髄への血流低下を回避するための脳脊髄液ドレナージ法や電気生理学的な脊髄モニター(MEP)を行うだけでなく、局所的脊髄冷却法といった最新の取り組みを行っています。
ステントグラフト留置術では、下行大動脈や腹部大動脈は勿論ですが、弓部大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤といった従来ステントグラフトが行えなかった部位に対しても、手術とステントグラフトを組み合わせたハイブリッド治療を行ったり、開窓型ステントグラフトのような最先端の技術を導入して行っています。
大動脈瘤の患者さんは動脈硬化を基礎に持つ高齢者が多く、冠動脈・脳動脈などの血管病変をはじめ、糖尿病、閉塞性肺疾患などさまざまな病気を併せ持っている方が少なくありません。従って、大動脈瘤の患者さんを治療するためには、病院としての高い総合力が必要と考えています。当院ではたくさんの経験の中で開発された最先端技術を駆使するだけでなく、関連各診療科と緊密な連携を図ることによって、最高水準の治療を行うことに努めています。